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東京都の朝鮮学校への補助金停止に抗議します

いわゆる「高校無償化」(公立高校以外には高校就学援助、2010年4月施行)から政府が朝鮮学校だけを排除していることに連動して、東京都もまた2010年度から、朝鮮学校にたいする「私立外国人学校教育運営費補助金」の支給を停止してきました。それが今年までずるずると続きましたが、11月1日、猪瀬都知事は定例記者会見で、朝鮮学校に補助金を出さない(予算にも計上しない)ことを決定したと発表しました。

この決定に、私たちは強く抗議します。それは、日本において朝鮮人の民族教育が作り出され、維持されてきた歴史的経緯を、完全に無視しています。またしたがって、朝鮮にたいする日本の侵略と抑圧の歴史や、また戦後も在日朝鮮人にたいする抑圧や差別が続いているという事実も、この決定においてはまったく顧みられていません──顧みないどころか、また一つ、在日朝鮮人差別の事例が東京都により作り出されたのです。

***

この不支給決定の根拠として、東京都生活文化局は「朝鮮学校調査報告書」(以下、報告書)を公開しています。これを知事は、朝鮮学校への補助金支給停止を「実証的に根拠づける」ものとして誇っています。

http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/shigaku/chosen/honbun.pdf


やや長い報告書ですが、不支給の根拠として説明されていることは、結局のところ以下の二点につきます(30-31頁)。

1. 朝鮮学校が「朝鮮総連と密接な関係にあり、教育内容や学校運営について、強い影響を受ける状況にある」こと。

2. 朝鮮学校が「準学校法人として不適正な財産の管理・運用を行っている」こと。具体的には、学校施設の一部を朝鮮総連やその関係団体に利用させていることや、「朝鮮総連関係企業の負債のために担保提供」されている施設があること。

まず第二の理由にかんして、報告書は、朝鮮学校の運営において、都の「準学校法人設立認可基準」に 「抵触」している点を、いくつか挙げています(25, 27, 29頁)。この「準学校法人設立認可基準」(http://www.seikatubunka.metro.tokyo.jp/shigaku/senkaku/index.htm)には、都が私立学校として認可しうる(したがって助成の対象としうる)教育機関の条件が定められているようです。そうなると、この「基準」への「抵触」とは、相手が朝鮮総連であるかどうかに関係なく、朝鮮学校と外部団体との関わりにおいて、法律上の形式的な問題が生じている、ということを意味するにすぎません。だとすれば、この「基準」に抵触する問題さえ是正すれば、補助金を停止する理由はなくなるということになりますし、この「基準」に抵触しないかたちでの外部団体との関係には、とやかく言われる筋合いはないということになります。

実際にはどうでしょうか。先にも書いたとおり、2010年に政府が朝鮮学校だけを「高校無償化」の適用から除外したことに歩調を合わせて、東京都も同年から朝鮮学校への補助金支給を留保しています。これは結論先にありきの留保で、法的・合理的な根拠などまったく示されていませんでした。当時の石原都知事は「さまざまな疑義がある」「議会に議論してもらいたい」と言うだけで、留保の理由を説明する責任をまったくとらず、朝鮮学校への補助金支給を止めたのですから。通常なら「準学校法人基準にかかわる問題が発覚した→その是正を勧告したにもかかわらず改善されない→補助金停止」という手続きが正当であるはずが、実際には「補助金停止→準学校法人基準に抵触する問題点を探し出した」という流れになっています。そして、このたび出された報告書では、朝鮮総連からの「強い影響」が問題とされているわけです。この「強い影響」が、財産関係上の形式的な問題のみならず、朝鮮学校の教育内容をも指していることは、言うまでもありません。

法的基準は二次的な問題でしかなく、補助金停止の主要な理由は別のところにあることは、火を見るより明らかです。

***

したがって、都が朝鮮学校への補助金を停止する理由は、つきつめれば、朝鮮学校と朝鮮総連の「密接な関係」ただ一つとなります。

これにたいして、在日朝鮮人の民族教育の歴史を少しでも知っている者なら、まず次のような疑問が当然湧いてくるはずです。「なぜ朝鮮学校と朝鮮総連の関係が、最近「発覚」した事実であるかのように取り沙汰されねばならないのか」と。戦後、在日朝鮮人の民族教育が全国的に組織化されていったのは、総連の前身団体である朝連(在日本朝鮮人連盟)の運動をつうじてでした。その意味で、在日朝鮮人の民族教育の成立は、在日朝鮮人の政治運動・民族独立運動の成立と不可分であると言えます。政治的志向として、朝連‐総連は朝鮮人による自主独立の国家建設を支持し、国家体制として朝鮮民主主義人民共和国を支持しました。それと並行して、朝鮮学校が朝鮮人の自主性を基本的価値として教育に反映し、また民族的自主性を最重要視する朝鮮国家を理想として掲げています。くわえて、朝鮮は1957年から在日朝鮮人の民族教育に援助金を送っています。こうしたすべてが、朝鮮学校の歴史と切っても切り離せない事実です。

さて、つぎの問題は、そのような歴史的背景をもつ総連と朝鮮学校との関係に、なぜ日本の行政機関が介入しうるのか、ということです。日本に在留しているのだから日本人が口を出すのは当たり前、と言われることがありますが、そもそも在日朝鮮人という存在は、日本国家の一方的な侵略の結果として作り出されたものです。1910年からの(実質的には1905年からの)植民地支配は、朝鮮半島の土地の大部分を現地人の手から奪って日本人の所有地へと転化した(土地調査事業)結果として、土地を追われた朝鮮民衆の一部が、仕事を求めて日本列島に渡ってくるようになりました(強制徴用・強制労働も多くありました)。日本の膨張・侵略に並行して、朝鮮民衆は独立の生活基盤や自主的な近代化の機会のみならず、自分の言語や名前すら日本に否定されるようになりました。今日までに朝鮮学校が守り伝えようとしてきたもの、つまり朝鮮の言語や文化、歴史、民族としての自主独立の理念は、すべて日本が植民地期に否定し抑圧してきたものなのです。総連と朝鮮学校との関係が、日本の支配体制からの自己解放を在日朝鮮人が試みる過程で作られたものであるのにたいして、この関係に介入しようという日本の行政機関の態度は、日本がいまだ宗主国としての意識をもっていることの表れと言えます。

「不幸な過去」などとして天皇や日本の政治家が朝鮮半島の植民地支配を「反省」するコメントを発したことが何度かありました。しかし、ほんとうに植民地支配を反省するのであれば、植民地期に日本人が朝鮮人にたいして否定してきたすべてのことを日本国内においても認め、法的に保障すべきでしょう。ところが実際には、戦後初期の民族教育弾圧にはじまり、1960年代の外国人学校法案(成立せず)、私学助成からの排除、大学受験資格における朝鮮高校卒業者の差別など、在日朝鮮人の自主的な民族教育を否定し、抑圧し、差別する姿勢において、戦後日本は一貫していました。地方自治体の補助金(1970年代から)や大学入学資格(国立大学ではようやく2003年から)などの成果は、比較的少ないとはいえ日本人の支援もあったものの、基本的には日本人の自発的な反省からではなく、在日朝鮮人の権利獲得運動の結果です。

***

とはいえ、朝鮮学校と総連との関係を口実にする人たちは、おそらく日本の戦後責任の観点から在日朝鮮人の民族教育を考えることを避けたいのでしょう。東京都の報告書では、総連が「破壊活動防止法に基づく調査対象団体 」であることが指摘され(5頁)、また朝鮮民主主義人民共和国の指導者を「礼賛」していることや、その「肖像画」を掲げていることがクローズアップされています(30頁等)。とはいえ、こうした点がなぜ補助金カットの決定を正当化するのかについては、猪瀬知事は「都民の理解が得られない」という、まったくもって非実証的な理由しか挙げていません。とにかく、昨今の「北朝鮮」バッシングの風潮を増幅するかたちで、総連や朝鮮国家との関係を強調することにより、朝鮮学校が異常なものであるかのように見せようとしているのでしょう。

まず「破防法に基づく調査対象」という点については、公安調査庁という政治的な意図をもった国家諜報機関(特定の政治団体のみならず社会運動や人権・言論団体一般を常時監視している)が目をつけている、ということを意味するに過ぎず、言われている「破壊活動」は根拠不明なものです。

また指導者の「礼賛」についても、なぜそれが朝鮮学校の場合にのみ、あたかも異常なことのように切り取られるのでしょうか。国の指導者、とくに建国期の指導者・功労者を「礼賛」することは、どの国でも一般的なことです。米国のワシントン記念塔、現国王の肖像が刷られたタイの紙幣、トルコの公共施設や学校のそこかしこに飾られているケマル・アタチュルクの肖像画や彫像、等々、事例の枚挙には暇がありません。日本でも、近代化または「文明開化」の唱導者が最高紙幣にデザインされています──この人物は忌むべきアジア侵略の唱導者でもあったのですが。

朝鮮民主主義人民共和国が日本人を拉致したことは事実であり、そのことに朝鮮国家の体制や指導者もまた責任があると言えるでしょう。ところで、日本はその何十万倍にも及ぶ朝鮮人の男女を、大日本帝国の「富国強兵」のために動員してきました(そのなかには文字通りの拉致も含まれています)。そのことに、天皇をはじめとする当時の日本国家の指導者たちは大いに責任がありますが、戦争(それもアメリカとの戦争)だけではなく、明治以来の日本の膨張主義、植民地主義それ全体にたいして責任を引き受けるということを、この国はほぼまったく行っていません。戦後責任にかんする真の反省がなされていないからこそ、いま日本はますます右傾化し、内向きのナショナリズムをますます強め、憲法九条の改定または集団的自衛権の正統化(解釈改憲)さえ日程にのぼるようになっているのだと言えます。朝鮮の指導者礼賛をとやかく言う以前に、日本人は自国における指導者たちの無責任と無反省をなんとかするべきなのです。

今回の東京都の例にかぎらず、各地の地方自治体における朝鮮学校への補助金「見直し」の動きを全体的に見ると、おおよそ次のような暗黙の原則が貫かれているように見えます──在日朝鮮人の文化的な自己主張には(少なくとも表面的には)口を出さないが、その政治的な自己主張や立場表明(日本帝国主義やアメリカ帝国主義への抵抗)は、この機会に徹底的に封じ込めるべきだ、という。それを今回の東京都は、朝鮮の核問題や拉致問題といった明白に政治的な口実によらず、朝鮮学校の「偏向」の演出という手法で、より巧妙に行おうとしていると言えます。したがって私たちは、朝鮮学校の「偏向」を問題にするのではなく、日本国家全体が戦後責任という観点においてあまりに「偏向」しているということを、強く糾弾していくべきでしょう。


2013年11月17日

ヘイトスピーチに反対する会




9月22日「差別撤廃東京大行進」について──ふたたび抗議

現在「People’s Front of Anti-Racism」を名乗る団体が、ホームページにおいて「差別撤廃・東京大行進」の出発地点近くで、「ヘイトスピーチに反対する会」他による、極めて悪質な妨害行為があったとし、同団体が主催する「一切の行動への参加を、堅くお断りします」という声明を発表している(http://antiracism.jp/march_for_freedom/bougai-781.html)。

この「声明」は、当日の「ヘイトスピーチに反対する会」の情宣を「極めて悪質な妨害行為」としているが、どのような行為が「極めて悪質な妨害」であるのか、という説明を一切していない。そもそも同集会・デモの主催者は「会場外でビラを配布することに関知しない」とウェブサイトで周知している。また当日の運営スタッフの一人は、私たちのビラまきに対して「ここでする分には構わない」と発言していた(http://livingtogether.blog91.fc2.com/blog-entry-121.html)。

自分たちが主催する一切の行動への参加を断るというなら、事実にもとづく説明をするのは当然であろう。たとえば極めて悪質な行為とは、主催者の許可なく集会等の記録を録音し、主催者の許可なく勝手に公表することである、というように具体的行為を示すべきである。

当日、「ヘイトスピーチに反対する会」は在特会の暴力に徹底的に反対すること、それと同時に在特会を生み出している歴史的・社会的背景を問題にし、とりわけ日本に植民地支配や侵略戦争の責任を果たさせることの必要性を参加者に訴えていた。この訴えに対し運営スタッフである「レイシストをしばき隊・男組」と称するものたちは、暴力的介入を行ってきたのである。「レイシストをしばき隊・男組」のメンバー2名(映像で確認)は、8月15日の靖国神社に反対するデモに対して、在特会とともに口汚い罵詈雑言をわめき散らし妨害の先頭に立っていた。植民地支配や侵略戦争を肯定する思想こそ「従軍慰安婦」に対するヘイトスピーチをはじめとする差別の根幹ではないのか。根っこを問題にしない運動こそ、問われるのは、当然である。当日の事実関係を隠蔽し、私たちの批判に答えないのは、主催者が「気に食わない」と判断する主張に対しては暴力でもって排除することを容認する姿勢に他ならない。

かりにも「People’s Front of Anti-Racism」の運営者が自分たちの正しさを主張するのであれば、その根拠として説明されるべき次の2つの点について、見解を公表するのが当然ではないか。運営者たちは、そのようなことは全くしないで、一方的に相手を「妨害者」と侮辱すれば、自分たちの行為は何でも正当化されると思っているのだろうか。

1. 9月22日「東京大行進」開始前における、「ヘイトスピーチに反対する会」の行動の何が、当日の集会レギュレーション(http://antiracism.jp/march_for_freedom/faq-631.html)と照らし合わせて、「大行進」への「妨害行為」に当たるのか、事実にもとづいた説明を行うこと。

2. 9月22日における「ヘイトスピーチに反対する会」への排除を、また今後「People’s Front of Anti-Racism」関係者が主催する「一切の行動への参加を、堅くお断り」することを正当化する根拠について、具体的に説明すること。


「いつわりの怒りは心を照らさない」・・・。





9月22日「差別撤廃東京大行進」での宣伝妨害への抗議声明

9月22日、新宿中央公園から出発した「差別撤廃東京大行進」に、私たちは差別の撤廃を求める集会趣旨に賛同して参加しました。「人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議(案)」を作成し、差別を撤廃するための具体的な行動について参加者に提起することが参加の目的でした。

人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議(案)

正午、新宿中央公園の入り口にある歩道橋の近辺で、私たちはビラ配布を開始しました。在特会の暴力に徹底的に反対すること、それと同時に在特会を生み出している歴史的・社会的背景を問題にし、とりわけ日本に植民地支配や侵略戦争の責任を果たさせることの必要性を参加者に訴えたのです。

開始10分ほど経つと、運営スタッフの一人が「ヘイトスピーチに反対する会ですね?何をしているんですか?」と声をかけてきました。「ここでビラをまいています」と答えると、「ここでする分には構わない」とのことだったので、私たちは運営側の了解のもとにビラまきを続けました。

その時、5,6名のスーツ姿の男たちが突然乱入してきたのです。彼らは、口々に「うるせーんだよバカ!」「カス」「許可証出せ」などと叫び、マイクを奪い取いとろうとし、メガホンのコードを引き抜こうとしたばかりか、参加者の腕につかみかかるなどしたのです。あなたたちは誰ですか?と問いかけたところ、男たちは「おれたちはレイシストをしばき隊・男組だ」と答えたのです。私たちは運営の了解をとっていることを彼らに伝え、ビラまきの何が問題なのかと問いました。ところが彼らは大声で「やめろやめろ」「オイオイオイ!」などと罵倒や脅迫を続けるだけで話を聞きません。

これに対して運営側は「男組」らの暴行を止めようともせず、あろうことか「もめ事になっているんだからやめてくれ」と、こちらに責任転嫁をする始末です。あまつさえ会場外で行っていた私たちのビラ配りを「主催とは関係のないビラです、受け取らないでください」と妨害まで始めたのです。

「会場外でビラを配布することに関知しない」とウェブサイトで周知していたのは主催者です。だから私たちは、その条件にのっとってビラ配りをしていました。にもかかわらず、「男組」からの暴行と運営側からの妨害を受けるいわれは微塵もありません。とはいえ、理を尽くした私たちの説明をまったく受け入れない状態になったので、私たちは集会そのものを混乱させるよりはと思い、その場を離れました。

私たちのビラまきに暴力的に介入して妨害行為を働いた「レイシストをしばき隊・男組」は、8月15日の靖国神社に反対するデモに対して、在特会とともに妨害の先頭に立っていた集団です。そのような集団がこの大行進の運営に深く入り込んでいることが、今回の混乱を引き起こした原因なのです。

私たちは、このような集団を集会の運営に関わらせている理由について、集会の実行委員会に説明を求めたいと考えています。さらに、この集会の賛同者のみなさんには、今回の暴行、ビラまきの妨害についてどのように考えるのかを明らかにしてもらいたいと考えています。そして差別と暴力に反対する立場から、この集会に参加したみなさんには、「レイシストをしばき隊・男組」を用いた暴力を容認したまま反差別運動の将来がありうるのか、考え議論していただきたいと思います。


2013年9月22日 ヘイトスピーチに反対する会



人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議(案)

先日の「学習会」では、「差別撤廃東京大行進」で掲げるべき要求について、主催者から我々に質問があり、それに対して「決議文の作成には協力する。主催者の会議にも参加する」と申し出たところ、「メールでいい」との回答を受けました。
そこで昨日、我々は「人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議(案)」を作成し、http://antiracism.jp/contact を通じて「大行進」主催者に送りました。

また、同じ決議案をビラにして、本日に配布しました。

ところで、この決議案が「大行進」出発前の集会で採用されたり、参考として使われたりしたかどうか、我々は知りません。というのも、つぎのようなことがあったからです。

9月22日「差別撤廃東京大行進」での宣伝妨害への抗議声明

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【オモテ】
人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議(案)

 本日行われる「差別撤廃東京大行進」(於・東京都新宿区)は、日本政府による「人種差別撤廃条約の誠実な履行」を、要求として掲げています。そこで私たちは、このデモンストレーションにふさわしい決議案を、考えてみました。これを集会決議としませんか? 決議案の根拠としては、裏面もお読みください。

2013年9月22日 ヘイトスピーチに反対する会 livingtogether09@gmail.com


内閣総理大臣 安倍晋三 様

人種差別撤廃条約の誠実な履行を日本政府に求める決議

 日本は1995年に人種差別撤廃条約を締結しましたが、その内容を実現するための具体的な政策を、ほぼまったく導入していません。同条約を日本が誠実に履行していると言えるためには、以下のことが必要であると考えます。これらを速やかに実現するよう、われわれは日本政府に要求します。

1. 国内法においても差別扇動を禁止すること(同条約第4条 a および b の批准)。
2. 国内の被差別諸集団への積極的な権利保障の政策を推進すること(同条約第5条を踏まえて)。
3. 日本国内での差別問題について個人が国際機関に訴え出ることができると、国際的に宣言すること(同条約第14条に基づいて)。
4. 国による人種差別の助長・扇動を禁止すること。その対象としては、議員や知事などの公人による言動、警察や入国管理局などの公権力や公的機関による活動や広報が含まれる(すでに批准されている同条約第4条 c に基づいて)。
5. 国や公人による外国人差別・敵視の助長を根本的に防ぐために、戦前の帝国体制の美化や戦後責任からの逃避をやめること。具体的には、「慰安婦」や強制労働に動員された人々への個人補償、国内の植民地出身者(の子孫)に対する権利保障、帝国期から引き継がれた天皇制を廃し国旗・国歌を改めること、軍国主義を温存する施設(靖国神社など)への援助をやめること、などが含まれる。

2013年9月22日 「差別撤廃東京大行進」(於・東京都新宿区)参加者一同


【ウラ】
ここがヘンだよ! 人種差別撤廃条約にかんする日本の解釈・態度
※ 外務省「人種差別撤廃条約 Q&A」も参照。 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/jinshu/top.html

・国ぐるみの差別はどうなる?
 条約第4条(処罰義務)の c では、「国又は地方の公の当局又は機関」による差別の助長や扇動を禁止していますが、これを日本は受け入れています。しかしながら日本は、国や公的機関による差別をみずから正す意思があるのでしょうか?
 公的機関が差別的な政策をおこなう最近の例としては、2010年施行のいわゆる「高校無償化」が、私学・外国人学校も助成(完全無償ではない)の対象に含めながら、朝鮮学校だけを排除していることが挙げられます。この措置をきっかけとして、地方自治体において朝鮮学校が獲得してきたわずかな補助金すら攻撃され、レイシストによる朝鮮学校への迫害や悪宣伝も多発しています。これこそまさに「国」による「差別の助長」ではないでしょうか?
 在日朝鮮・韓国人の他にも、部落民、アイヌ、今では日米の共同軍事基地として扱われている沖縄、条約に基づく適正な受け入れ手続き・待遇を受けていない難民が、日本で差別を受けていると、国際社会は懸念を表明しています(人種差別撤廃委員会の2001年「最終見解」等)。

・差別煽動者を野放しでいいの?
 条約第4条の a と b は、人種差別を法的に処罰しなければならないと定めています。しかし日本は、憲法上の「表現の自由」が制限される恐れがあるとして、これらの条項だけを受け入れていません。しかしながら、レイシストによる差別の扇動こそが、被差別者の自由と人権への侵害であり抑圧ではないでしょうか?
 くわえて、誰の言動が制限されるべきでしょうか? 在特会のような露骨なレイシスト団体だけでしょうか? 差別発言をして野放しにされている石原や橋下のような政治家は? 黒塗りの車から大音量で排外主義的な言葉をまき散らす街宣右翼は? 「外国人犯罪に注意」などという標語を使って外国人敵視を煽り立てる警察や入国管理局は?

・「国籍による区別」は差別ではない?
 条約第1条の2では、「市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先」については、条約の対象外としており、外務省もこの点を強調しています。
 しかしながら、すべての「国籍による区別」が中立的・合理的なものと言えるのでしょうか? 在日朝鮮・韓国人および在日中国(台湾)人は、たんにマイノリティとしてこの国の人口の一部をなしているのではなく、帝国日本による植民地支配の結果として、この国に暮らしているのです。近代日本の膨張主義・侵略主義がなければこの国にいなかったであろう人々に対して、「国籍による区別」を根拠に権利を制限し、「それが嫌なら日本国籍をとれ」と強いることは、植民地期と本質的には変わらない同化主義ではないでしょうか?
 以上のことは、日本人が自国の過去をどう考え、どのような未来を望むかという問題にも関わってきます。近隣の諸民族を低く見て、支配の対象として扱い、安い労働力や、戦時には「慰安婦」という名の性奴隷としても動員してきたことを、戦後にはなかったことにし、いまだに帝国日本の象徴である日の丸を掲げ、天皇を戴く。このような内向きの無責任・無反省国家として日本が今もあることと、人種差別撤廃条約のような人権条約が日本においては形骸化されてしまうこととは、深いつながりがあるのではないでしょうか? そのような国のあり方を変えるための主体的行為として、日本人は人種差別の歴史的な根を直視するべきではないでしょうか?


9.16集会の音声が無断公開されたことについて

先日はヘイトスピーチに反対する会が主催した学習会「人種差別を日本からなくす!どうやって?」
ご参加いただきありがとうございました。あらためてお礼申し上げます。

さて、このたび参加者のみなさんに会から報告しなければならないことがあります。
それは学習会の終わりの部分に関する音声ファイルが、何者かの手によって
発言者の名前とともに公開され、野間易道氏らによって拡散されていることについてです。

当学習会の開始冒頭に司会から集会の録音と録画についてご説明いたしました。
その際、参加者のみなさんには、録音・録画の内容をそのままの形で外部に公開しないことを
会としてお約束いたしました。ところが一部の参加者が秘密裏に録音し、
主催者の意思を踏みにじってネット上に公開したのです。

誰がどのような集まりに参加しているのかというきわめてセンシティブな情報が、
当人に確認を取らずに、あるいはその意に反して、明らかにされるべきでないことは言うまでもありません。
にもかかわらず今回、発言いただいた参加者のお名前がファイルの説明文として、
またお名乗りいただいたために音声として、公開されてしまったことは大変重大な問題です。

情報拡散については、まずそれを行った者が第一に非難されるべきことであるとはいえ、
わたしたちも主催者として情報漏洩を防ぐ責務を果たせなかったことを皆様にお詫びします。
また、会としては、当日の集会に参加し主催者の意思を知りながら
拡散を続ける野間易通氏らに抗議するとともに、当該拡散情報を削除することを求めます。

また、該当するファイルストレージサービスにはすでに削除要請を出しています。
今後も、お名前が明らかになっていることについてできる限りの対応をしていきますので、
何卒ご理解いただきたくお願い申し上げます。

2013年9月20日
ヘイトスピーチに反対する会
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