【何が問題なのか】 1. これはヘイトクライムという現実である
1.24行動は一応やりとげることができましたが、そこで何が問題となっていたのか、何をわたしたちが問題にしようとしていたのかについては、じゅうぶんにあきらかにできていませんでした。以下、それを多少なりともこのブログでおぎなってみようと思います。
______________
わたしたちが行動タイトルに「あれがヘイトクライムだ!」とかかげたのは、あらためて日本社会の差別の現状をとらえなおし、それが他国で活発化している民族的、人種的、文化的などの差別となんら変わらないものであることを強調するためでした。そのために、せっかくこちらに「ヘイトクライム」の解説までつけたのですが、やや説明不足だったかもしれません。(ちなみに、分かりにくかったからか、うまく反論できないからか、この解説記事にはまったくヘイトコメントがついていません。)
そこで、ヘイトスピーチという問題をよりわかりやすくするために、誤解例を使いながらふたたび説明をこころみることにします。
さて、その解説記事では、ヘイトクライムを《人種、民族、出自、性別、セクシャリティなどの差異が人間の優劣を示していると決めつけ、それを根拠に特定の個人や集団に損害を与えること》と定義しました。つまり、一民族や文化などのちがいそのものではなく、そのちがいを不当にも「優劣関係」の根拠として使うことが問題だということです。そのように決めつけられた「優劣関係」にもとづいて他者をおとしめたり、他者への憎悪をあおること。それが差別でありヘイトスピーチです。
だから、
>日本人は戦争でひどいことをした、謝罪しろ
>と主張するのもヘイトスピーチになると思われますがどのようにお考えでしょう?
>傍目にはどっちもどっちとしかうつらないんですよ…
と書いたひとは、まずヘイトスピーチの基本的意味が分かっていません。「日本人は戦争でひどいことをした、謝罪しろ」は「日本人」という民族性そのものをおとしめているわけではありませんので。、いちおうついでに確認しますが、日本政府は戦争の罪を埋めあわせてはいないという意味で、謝罪をしていません。
かんたんなことです。道を歩いていて車にはねられたのに、ケガの治療の補償もなにもなしに「ひいてごめんね。今度から気をつける」と言って済まされても、だれも謝罪を受けたとは思わないはずです。それこそ「傍目」にみてあきらかなことでしょう。
>日の丸反対って、ヘイトスピーチだよな
これもまちがいです。文化や民族性にかんする好き嫌いの表明そのものがヘイトスピーチではない。それがどこでどのようになされるのかがもっとも重要なポイントです。たとえば、日本で日の丸をかかげて「○○人をこの国からたたき出してやる」と言うことがヘイトスピーチです。名指した相手を「たたき出し」てもいい劣位の人間としてあつかうよう、扇動するおこないだからです。あるいは、もし「日の丸反対」がヘイトクライムでありうるとすれば、たとえばアメリカの日系人が周囲から差別を受けていて、その一環としてその日系人の家の前で日の丸が焼かれたときでしょう。
さらに恥知らずなコメントもあります。
>在日韓国人に参政権付与を認めるのは、日本国民にたいするヘイトに他ならないと思うが。
>それに何で嫌いな日本に住んで、嫌いな日本の参政権を欲しがるのかね。
>日本人を馬鹿にしてやしないかね。
>その日本人を馬鹿にした気持ちこそがヘイト、レイシズムだよ。
>在日こそが真性のヘイト、レイシストだ。
そもそも在日朝鮮人・韓国人が「嫌いな日本に住んで」いるという認識こそが、戦前からつづく朝鮮人差別の延長線上にあります。在日朝鮮人・韓国人は、みずから望んで日本の領土内に生まれてきたわけではありません※。そして、生まれ育った土地から出て行けだのなんだのと、他人に指図されたり強制されたりする筋合いがどこにあるのでしょうか。つまり、在日朝鮮人・韓国人が日本に住み続けるという選択にたいして、日本人がああだこうだ言うこと自体、過去の支配と差別をくりかえすことに等しいということです。
※ もちろん在日一世については、強制的または準強制的な連行、自身の選択、あるいは朝鮮戦争からの避難など、さまざまケースがあります。しかしどのケースも、日本が朝鮮半島を支配し日本列島より低い地位に置いたこと、また敗戦で公式な支配は終わっても朝鮮半島を低く見る認識を清算しなかったことに、深くかかわっていることにかわりありません。
また、在日朝鮮人・韓国人が「日本人を馬鹿にして」いるという根拠がどこにあるのか分かりませんが、いずれにせよ、歴史的に見れば、近代日本が朝鮮人を「馬鹿にした」のが問題の始まりであるということを認識しなければなりません。
>在日特権など無い、と桜井本人が言っていたし、在特会の目的は、普通の日本人に、在日朝鮮人差別意識を煽るつもりだったが、全く失敗だったね。
>大体、朝鮮人差別なんてもう無いんだよ、日本人の現実に。今更そんな時代に逆行した差別意識なんて作ろうって方が無理。
このコメントはどっちを批判しようとしているのかよくわかりませんが、「朝鮮人差別なんてもう無い」なんて、どこを見てそう言えるのでしょうか。たとえば「マンガ嫌韓流」のヒットは何なのでしょうか。
(つづく)
(2010.2.1 追記)
ようやく多少の論理性のあるコメントがついたので(2010-01-30 19:05)、それに答えさせていただきます。
ただ「論理性」があるといっても、歴史的にも道義的にもまったく説得力のある理屈とは言えませんが。
>>日本政府は戦争の罪を埋めあわせてはいないという意味で、謝罪をしていません。
>日韓基本条約で解決済み。
>韓国政府も、戦争補償については韓国政府が支給する認識を明確にしています。
1.まず「戦争の罪」一般を問題にしています。韓国「政府」への言い訳じみた措置を、さも戦争被害者全体への解決であるかのように偽らないでください。例えるとすれば、人を車でひいておいて、その被害者の診断も済まないうちに、しかも被害者本人ではなくその入院している病院に対して、適当な額の金を払って「はい謝ったからね」とそそくさ逃げるようなものです。
2.しかも、そそくさ逃げるだけならまだいいもの。1965年の日韓条約における日本政府の態度は、もっとたちが悪い。このコメントが「解決」の根拠にしている条約は、正確には「日韓条約」ではなく「日韓請求権協定」ですが、この条約の正式名が「日韓請求権並びに経済協力協定」であるということを忘れてはいけません。当時、たしかに日本政府は韓国政府に「賠償金」を払いましたが、しかしその半額以上は「貸付」で、しかもそれは韓国への日本企業の進出のために意図されたことでした。さっきの例で言えば、車でひいた相手が入院している病院に、「金をやるからうちの医者をそっちで雇え」と言っているようなものでしょう。ようするに、戦後の日本政府のこれまでの「補償」の歴史とは、責任逃れの歴史でしかないのです。
※ 日本の戦後「補償」の実情については、内海愛子『戦後補償から考える日本とアジア』(山川出版社、2002年)がコンパクトにまとまっていて便利です。
>>文化や民族性にかんする好き嫌いの表明そのものがヘイトスピーチではない。
>意味不明。ますます在特会の言っていることは
>ヘイトスピーチじゃないってことになりますよ。
焦らずにちゃんと前後を読まれることをおすすめします。
いちおう繰り返すと、好き嫌いの表明が「どこでどのようになされるのかがもっとも重要なポイント」であり、つまり(それより前に書いてありますが)民族性や文化などの違いを、不当にも人間の「優劣」の証拠としてあげつらうことが問題なのです。
>>たとえばアメリカの日系人が周囲から差別を受けていて
>あなた方左翼がやってきたのがまさにそれ。
>日本人の目の前で日の丸を侮辱し
>在特会の活動を妨害したではないですか。
1.まず、在特会が差別扇動を行っていることをうやむやにしないでください。差別扇動の基準は上記のとおりです。
2.この方には上記例の意味がわからないようですので、解説してあげましょう。この例では、アメリカという場所で日系人が民族的マイノリティ(少数派)であることを前提としています。この場合、「周囲」のアメリカ人はその「日系人」に、「おまえはこの国に居るのにふさわしくない存在だ」と存在否定のメッセージを送っているということになります。ところで、24日対抗アクションの参加者は、日の丸を傘にきた差別をやめろと抗議しているのであって、別に在特会デモの参加者に「日本から出て行け」と言っているわけではありません。
こういう陳腐な「どっちもどっち」の理屈を、論理の混同やすり替えと言います。そういうやりかたで在特会の差別行為をごまかすことはできません。
>>戦前からつづく朝鮮人差別の延長線上にあります。
>在日朝鮮人は日本国籍を持っていません。
>だから日本に住む上で不都合な点があるのは当然です。
>それは日本人が外国に住んでも同じことですよ。
>在日朝鮮人は、それを「差別だ」「謝罪と賠償だ」
>と騒ぎを起こし、警察署を襲撃したり、役所を襲撃したり
>してきたりしてきました。
>通常の人間なら、そういう人と仲良くしたいと思いません。
>>在日朝鮮人・韓国人は、みずから望んで日本の領土内に生まれてきたわけではありません
>いいえ、みずから望んで日本に来た人がほとんどです。
>日韓併合から終戦まで、朝鮮人は仕事を求めて日本に渡ってきました。
>あまりに多すぎて、政府が渡航制限令を出したほどです。
ここに、もっとも悪質な支配者の理屈が表れています。かつて「日本臣民」(ただし二級市民)へと変えようとしていた人びとに対して、自分の都合にあわせて「日本人でないくせに」とか「望んで日本人になろうとしていたくせに」とか勝手なことを言う、支配者の理屈です。順番に説明しましょう。
1.そもそも、かつてのある時期には朝鮮人全員が「日本」国籍を持っていました。より正確に言えば、大日本帝国期には日本の植民地官庁(朝鮮総督府)が「朝鮮戸籍」というタイプの日本国籍を朝鮮人に発行していました。つまり、この頃から「おまえたちは皇国臣民だ」と「おまえたちは日本人ではない」という支配のダブルスタンダードが制度化されていたわけです。そして敗戦を迎えるやいなや、日本政府は、かつて日本臣民へと作り変えようとした人びとを外国人として排除する方向に動き出します。それは1952年のサンフランシスコ講和条約をもって完全に達成されます。この、自分の都合に合わせて他者を「自国人」にしたり「外国人」にしたりすることをなんとも思わない心性が、このコメントにはありありと表れています。これが「通常の人間」の考えることなのでしょうか。
2.まず、ここでは、「来た」人ではなく「生まれた」人である二世以降のことを言っています。そのうえで、「来た」人である在日一世についても、その少しあとできちんと言及しています。論旨をすり替えるのはやめてください。なお一世については、強制連行、半強制、自主的な渡航、どのケースもあったことを述べてあります。ただし、これだけは認識しておかねばなりません。自由意志によってであろうがそうでなかろうが、日帝期に朝鮮の人びとが日本に渡って来たことと、日本が朝鮮半島や東アジアの諸地域を支配し収奪していたという事実は、切り離せないということです。こうした事実を見ることなく「朝鮮人は望んで日本に来た」と言えてしまうのは、その人がいまだ植民地支配者の想像力にとりつかれているということに他なりません。
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わたしたちが行動タイトルに「あれがヘイトクライムだ!」とかかげたのは、あらためて日本社会の差別の現状をとらえなおし、それが他国で活発化している民族的、人種的、文化的などの差別となんら変わらないものであることを強調するためでした。そのために、せっかくこちらに「ヘイトクライム」の解説までつけたのですが、やや説明不足だったかもしれません。(ちなみに、分かりにくかったからか、うまく反論できないからか、この解説記事にはまったくヘイトコメントがついていません。)
そこで、ヘイトスピーチという問題をよりわかりやすくするために、誤解例を使いながらふたたび説明をこころみることにします。
さて、その解説記事では、ヘイトクライムを《人種、民族、出自、性別、セクシャリティなどの差異が人間の優劣を示していると決めつけ、それを根拠に特定の個人や集団に損害を与えること》と定義しました。つまり、一民族や文化などのちがいそのものではなく、そのちがいを不当にも「優劣関係」の根拠として使うことが問題だということです。そのように決めつけられた「優劣関係」にもとづいて他者をおとしめたり、他者への憎悪をあおること。それが差別でありヘイトスピーチです。
だから、
>日本人は戦争でひどいことをした、謝罪しろ
>と主張するのもヘイトスピーチになると思われますがどのようにお考えでしょう?
>傍目にはどっちもどっちとしかうつらないんですよ…
と書いたひとは、まずヘイトスピーチの基本的意味が分かっていません。「日本人は戦争でひどいことをした、謝罪しろ」は「日本人」という民族性そのものをおとしめているわけではありませんので。、いちおうついでに確認しますが、日本政府は戦争の罪を埋めあわせてはいないという意味で、謝罪をしていません。
かんたんなことです。道を歩いていて車にはねられたのに、ケガの治療の補償もなにもなしに「ひいてごめんね。今度から気をつける」と言って済まされても、だれも謝罪を受けたとは思わないはずです。それこそ「傍目」にみてあきらかなことでしょう。
>日の丸反対って、ヘイトスピーチだよな
これもまちがいです。文化や民族性にかんする好き嫌いの表明そのものがヘイトスピーチではない。それがどこでどのようになされるのかがもっとも重要なポイントです。たとえば、日本で日の丸をかかげて「○○人をこの国からたたき出してやる」と言うことがヘイトスピーチです。名指した相手を「たたき出し」てもいい劣位の人間としてあつかうよう、扇動するおこないだからです。あるいは、もし「日の丸反対」がヘイトクライムでありうるとすれば、たとえばアメリカの日系人が周囲から差別を受けていて、その一環としてその日系人の家の前で日の丸が焼かれたときでしょう。
さらに恥知らずなコメントもあります。
>在日韓国人に参政権付与を認めるのは、日本国民にたいするヘイトに他ならないと思うが。
>それに何で嫌いな日本に住んで、嫌いな日本の参政権を欲しがるのかね。
>日本人を馬鹿にしてやしないかね。
>その日本人を馬鹿にした気持ちこそがヘイト、レイシズムだよ。
>在日こそが真性のヘイト、レイシストだ。
そもそも在日朝鮮人・韓国人が「嫌いな日本に住んで」いるという認識こそが、戦前からつづく朝鮮人差別の延長線上にあります。在日朝鮮人・韓国人は、みずから望んで日本の領土内に生まれてきたわけではありません※。そして、生まれ育った土地から出て行けだのなんだのと、他人に指図されたり強制されたりする筋合いがどこにあるのでしょうか。つまり、在日朝鮮人・韓国人が日本に住み続けるという選択にたいして、日本人がああだこうだ言うこと自体、過去の支配と差別をくりかえすことに等しいということです。
※ もちろん在日一世については、強制的または準強制的な連行、自身の選択、あるいは朝鮮戦争からの避難など、さまざまケースがあります。しかしどのケースも、日本が朝鮮半島を支配し日本列島より低い地位に置いたこと、また敗戦で公式な支配は終わっても朝鮮半島を低く見る認識を清算しなかったことに、深くかかわっていることにかわりありません。
また、在日朝鮮人・韓国人が「日本人を馬鹿にして」いるという根拠がどこにあるのか分かりませんが、いずれにせよ、歴史的に見れば、近代日本が朝鮮人を「馬鹿にした」のが問題の始まりであるということを認識しなければなりません。
>在日特権など無い、と桜井本人が言っていたし、在特会の目的は、普通の日本人に、在日朝鮮人差別意識を煽るつもりだったが、全く失敗だったね。
>大体、朝鮮人差別なんてもう無いんだよ、日本人の現実に。今更そんな時代に逆行した差別意識なんて作ろうって方が無理。
このコメントはどっちを批判しようとしているのかよくわかりませんが、「朝鮮人差別なんてもう無い」なんて、どこを見てそう言えるのでしょうか。たとえば「マンガ嫌韓流」のヒットは何なのでしょうか。
(つづく)
(2010.2.1 追記)
ようやく多少の論理性のあるコメントがついたので(2010-01-30 19:05)、それに答えさせていただきます。
ただ「論理性」があるといっても、歴史的にも道義的にもまったく説得力のある理屈とは言えませんが。
>>日本政府は戦争の罪を埋めあわせてはいないという意味で、謝罪をしていません。
>日韓基本条約で解決済み。
>韓国政府も、戦争補償については韓国政府が支給する認識を明確にしています。
1.まず「戦争の罪」一般を問題にしています。韓国「政府」への言い訳じみた措置を、さも戦争被害者全体への解決であるかのように偽らないでください。例えるとすれば、人を車でひいておいて、その被害者の診断も済まないうちに、しかも被害者本人ではなくその入院している病院に対して、適当な額の金を払って「はい謝ったからね」とそそくさ逃げるようなものです。
2.しかも、そそくさ逃げるだけならまだいいもの。1965年の日韓条約における日本政府の態度は、もっとたちが悪い。このコメントが「解決」の根拠にしている条約は、正確には「日韓条約」ではなく「日韓請求権協定」ですが、この条約の正式名が「日韓請求権並びに経済協力協定」であるということを忘れてはいけません。当時、たしかに日本政府は韓国政府に「賠償金」を払いましたが、しかしその半額以上は「貸付」で、しかもそれは韓国への日本企業の進出のために意図されたことでした。さっきの例で言えば、車でひいた相手が入院している病院に、「金をやるからうちの医者をそっちで雇え」と言っているようなものでしょう。ようするに、戦後の日本政府のこれまでの「補償」の歴史とは、責任逃れの歴史でしかないのです。
※ 日本の戦後「補償」の実情については、内海愛子『戦後補償から考える日本とアジア』(山川出版社、2002年)がコンパクトにまとまっていて便利です。
>>文化や民族性にかんする好き嫌いの表明そのものがヘイトスピーチではない。
>意味不明。ますます在特会の言っていることは
>ヘイトスピーチじゃないってことになりますよ。
焦らずにちゃんと前後を読まれることをおすすめします。
いちおう繰り返すと、好き嫌いの表明が「どこでどのようになされるのかがもっとも重要なポイント」であり、つまり(それより前に書いてありますが)民族性や文化などの違いを、不当にも人間の「優劣」の証拠としてあげつらうことが問題なのです。
>>たとえばアメリカの日系人が周囲から差別を受けていて
>あなた方左翼がやってきたのがまさにそれ。
>日本人の目の前で日の丸を侮辱し
>在特会の活動を妨害したではないですか。
1.まず、在特会が差別扇動を行っていることをうやむやにしないでください。差別扇動の基準は上記のとおりです。
2.この方には上記例の意味がわからないようですので、解説してあげましょう。この例では、アメリカという場所で日系人が民族的マイノリティ(少数派)であることを前提としています。この場合、「周囲」のアメリカ人はその「日系人」に、「おまえはこの国に居るのにふさわしくない存在だ」と存在否定のメッセージを送っているということになります。ところで、24日対抗アクションの参加者は、日の丸を傘にきた差別をやめろと抗議しているのであって、別に在特会デモの参加者に「日本から出て行け」と言っているわけではありません。
こういう陳腐な「どっちもどっち」の理屈を、論理の混同やすり替えと言います。そういうやりかたで在特会の差別行為をごまかすことはできません。
>>戦前からつづく朝鮮人差別の延長線上にあります。
>在日朝鮮人は日本国籍を持っていません。
>だから日本に住む上で不都合な点があるのは当然です。
>それは日本人が外国に住んでも同じことですよ。
>在日朝鮮人は、それを「差別だ」「謝罪と賠償だ」
>と騒ぎを起こし、警察署を襲撃したり、役所を襲撃したり
>してきたりしてきました。
>通常の人間なら、そういう人と仲良くしたいと思いません。
>>在日朝鮮人・韓国人は、みずから望んで日本の領土内に生まれてきたわけではありません
>いいえ、みずから望んで日本に来た人がほとんどです。
>日韓併合から終戦まで、朝鮮人は仕事を求めて日本に渡ってきました。
>あまりに多すぎて、政府が渡航制限令を出したほどです。
ここに、もっとも悪質な支配者の理屈が表れています。かつて「日本臣民」(ただし二級市民)へと変えようとしていた人びとに対して、自分の都合にあわせて「日本人でないくせに」とか「望んで日本人になろうとしていたくせに」とか勝手なことを言う、支配者の理屈です。順番に説明しましょう。
1.そもそも、かつてのある時期には朝鮮人全員が「日本」国籍を持っていました。より正確に言えば、大日本帝国期には日本の植民地官庁(朝鮮総督府)が「朝鮮戸籍」というタイプの日本国籍を朝鮮人に発行していました。つまり、この頃から「おまえたちは皇国臣民だ」と「おまえたちは日本人ではない」という支配のダブルスタンダードが制度化されていたわけです。そして敗戦を迎えるやいなや、日本政府は、かつて日本臣民へと作り変えようとした人びとを外国人として排除する方向に動き出します。それは1952年のサンフランシスコ講和条約をもって完全に達成されます。この、自分の都合に合わせて他者を「自国人」にしたり「外国人」にしたりすることをなんとも思わない心性が、このコメントにはありありと表れています。これが「通常の人間」の考えることなのでしょうか。
2.まず、ここでは、「来た」人ではなく「生まれた」人である二世以降のことを言っています。そのうえで、「来た」人である在日一世についても、その少しあとできちんと言及しています。論旨をすり替えるのはやめてください。なお一世については、強制連行、半強制、自主的な渡航、どのケースもあったことを述べてあります。ただし、これだけは認識しておかねばなりません。自由意志によってであろうがそうでなかろうが、日帝期に朝鮮の人びとが日本に渡って来たことと、日本が朝鮮半島や東アジアの諸地域を支配し収奪していたという事実は、切り離せないということです。こうした事実を見ることなく「朝鮮人は望んで日本に来た」と言えてしまうのは、その人がいまだ植民地支配者の想像力にとりつかれているということに他なりません。