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「6.11新宿・原発やめろデモ」日の丸騒動と、内向きの自己免罪欲求

* こちらにも注目を→ 【転載】滋賀県議会の朝鮮学校無償化排除の意見書に抗議を!



先日アップした「『6.11新宿・原発やめろデモ』の報告への批判」にたいして、「ざらすとろ」と名乗るかたから「事実誤認の指摘」と「質問」が公開でよせられました。(最下部に転載)
「ざらすとろ」さんは、6.11当日の経緯の説明にあったように、集会に予定なく登壇して、日の丸をかかげて意味不明な演説をおこなった当人だそうです。


かれからの「指摘」および「質問」そのものは、的外れでまともにとりあう意味もさほどありません。
しかし他方で、この人物の語り口には、あまりうまい言い方ではありませんが、日本社会がおびている内向きの「自己免罪欲求」のようなものがつよく反映されています。
このような「自己免罪欲求」は、いまの日本の反原発運動における限界にもなるでしょうから、それについての指摘に意味を見いだして、当会の見解を示すことにします。


1

さて、当会の「事実誤認の指摘」については、なんら誤認ではありません。

「ざらすとろ」さんはまずこう指摘しています。

「あの時にあなた方は中山さんと話し合おうとしたと主張していますが、明らかにおかしい。人と話し合おうという人間が、どうして、ゲストとして登壇している人間に向かって、野次を飛ばしたり、襟首を掴んだりするというのでしょうか?」

また質問4では、「妨害するつもりだったのか」との確認を求められています。

「話し合おうという人間」は「野次を飛ばしたり」しないとは、「ざらすとろ」さんの「話し合い観」に根拠を持つ判断なのでしょう。
しかし話し合いはいつも友好的なものとは限りません。抗議や批判、問題提起のために「話し合い」の場を作ることはいくらでもあります。
そもそもわたしたちの有志は、針谷登壇という事態があれば「会場に問題提起をしにいきます」と公開質問状に明記していました。
ですからこちらの後日説明になにも「おかしい」ところはないでしょう。

中山さんにたいしても、どういう経緯でどのように抗議したのかは説明してあります。
かれのレイシスト的発言のあと、かれはこちらの野次にたいして「話があるなら来いよ」と応答されたので、言われたとおりに来たまでです。

さらに「ざらすとら」さんは「襟首を掴んだりする」と書いていますが、しかしこれは事実無根です。
いったい誰が誰の襟首を掴んだと考えているのでしょうか。
大人数の集会スタッフに「襟首」といわずあちこちをつかまれて制止させられたのは、むしろこっちの側でした。

また、「ざらすとろ」さんは次のようにも書いています。

「松本さんと裏で結託していることをあなた方は疑っているようですが、そのようなことは一切ありません。登壇は私の意志でやったことであります。」

いったい何に注目してこのような問題意識が芽生えるのでしょうか。
こちらが出した声明のどれにおいても、「ざらすとろ」さんと松本哉さんが裏で結託したかどうかなど一度も問題にしていません。
針谷登壇を取り下げたにもかかわらず、ハプニングであれ「許可」を得てであれ、日の丸を掲げながら反原発とは関係ない話を壇上でした「ざらすとろ」さんを容認した、6.11実行委の無責任さを、私たちは一貫して問うてきたわけです。


2

「ざらすとら」さんが挙げた4つの「質問」についても、このような調子で的をはずしていますので、わたしたちは回答の必要性を感じません。
それよりは、この手の右翼擁護論に典型的に現れている、日本社会の「自己免罪欲求」を取りあげてみることの方が有益でしょう。

すでに何度も確認してきましたが、「右」であろうが「左」であろうが、日本の過去の侵略戦争や植民地支配を美化したり、「従軍慰安婦」の存在を否定したりするような人物に公的発言の機会を与えることが、ここで問題にしていることです。
なぜならそれは、たんに過去をゆがめるだけでなく、現在においてもそのような過去の所業をくりかえしていいのだと肯定することだからです。
(そもそも「ざらすとろ」さんの「右」「左」の基準があまりに不可解なのですが。)

また、原発をつくった日本社会は差別をしており、そしてまさにその差別の性質や構造のうえに、地方の農村・漁村部への原発おしつけが成立してきたということも、わたしたちはくりかえし問題にしています。
針谷登壇は、日本社会における差別構造という個別具体的な問題を無視するだけにとどまらず、その差別構造を容認することになるという点も、なんども指摘してきました。

6.11実行委の「報告」も含めて、この問題提起にたいする正面からの応答は、わたしたちの見たかぎり、6.11集会擁護の側からはいっさいありませんでした。
かわりに見られるのは、「日の丸の否定は右翼差別だ」やら「針谷さんはいい人だ」やら「共産圏がなんたら」といった、論点のすりかえだけです。
被災地に行こうがなにをしようが、それで侵略主義肯定の立場から発言することが許容されるなどという理屈は、ふつうに考えれば成り立たないでしょう。
それが屁理屈であることは、それこそ政治的立場に関係なく分かりそうなものですが。

一応くりかえしますが、針谷はたまたま一参加者としてまぎれていたのではなく、「統一戦線義勇軍」として自分の政治的立場を宣言したうえで、壇上での発言機会を与えられていたのです。
その点にかんする針谷や集会主催者の責任を、「反原発」の大義名分で免除できると考えるなら、そう考える人もまた批判されることをさけられないでしょう。

そもそも、「反原発以外の発言はおことわり」という6.11実行委の趣旨からすれば、日の丸がどうとか左翼や右翼がどうとか、そんなことしか言ってなかった「ざらすとろ」さんも立派な妨害者です。
にもかかわらず「ざらすとろ」さんは、自分は妨害者でないかのようにふるまい、「自分は左翼だけど」などと謎の言い訳をつけながら、右翼や6.11実行委を擁護しているわけです。

自分を誰からも非難されるいわれのない無垢な被害者として思い込み、差別と抑圧の汚辱をいまだそそいでいない「日本」なる旗印を免罪して(運動の拡大のため? に)利用しようとする。
そのような日本社会の自己免罪欲求を、「ざらすとろ」さんの支離滅裂な公開質問は、みごとに表現しています。


________

(以下転載)


ヘイトスピーチを許さない会の皆様方へ

はじめまして、私は6月11日の新宿中央公園で日章旗を掲げた大門  裕と申すものです。mixiとtwitterではざらすとろと名乗っております。

今回メールを送ったのは他でもなく、あなた方の発言には事実誤認があるということを指摘すること、そして私からあなた方に質問があるという二つの用件があったからです。

今回、あなた方のブログを読ませて頂きました。しかしながら、あなた方の発言には重大な事実誤認がありますので、二点指摘させて頂きます。

一つめは、あの時にあなた方は中山さんと話し合おうとしたと主張していますが、明らかにおかしい。人と話し合おうという人間が、どうして、ゲストとして登壇している人間に向かって、野次を飛ばしたり、襟首を掴んだりするというのでしょうか?

私はあなた方のメンバーが中山さんの襟首を持って 、殴り合いになりそうになっているのを目撃しています。他の人も目撃している筈です。あのまま誰も止めなかったら殴り合いになっていた可能性があります。

あなた方のブログによると、

「ところが、そのときステージ周囲にいた主催関係者は、わたしたちの話を聞くこともなく、突き飛ばす、腕を引っ張る、抱きつくなどして制止に入り、「いつでも来い」と言った俳優とわたしたちが話すことすら妨害したのです。」

とありますが、私にしても、他の皆さんにしても、あなた方と、中山さんが殴り合いになりそうなっているのを必死で止めようとしていました。
主催者が招いている客人に野次を飛ばし、あろうことか客人の襟首を掴んで殴ろうと襟首を掴むことを、あなた方は「話をする」というのでしょうか?
私には狼藉を働いているようにしか見えません。

二つめは、

あなた方のブログによると

「その後わたしたち はすぐに、日の丸をかかげた人物がステージに上がり発言したとについて、主催者に問いただしました。すると、原田と名乗る人物が呼んできた松本哉が主催者として以下のように回答しました。

1. 日の丸をかかげた人物の発言は主催の予定にはなかった。
2. その人が勝手に上がってしまった。

針谷の起用を取り下げておいて、日の丸をもった人が台にあがるのをぼんやり眺めているというのも奇妙な話です。」

とありますが、これは奇妙な話でもなんでもありません。

松本さんと裏で結託していることをあなた方は疑っているようですが、そのようなことは一切ありません。登壇は私の意志でやったことであります。

松本さんも鈴木さんも関係ありません。

ちなみに私が無理矢理マイクを奪って登壇したという言い方をなさっていますが、それは明らかに違います。

あの時、救護センターの方が壇上に登ってらっしゃっていましたが、その時に、私は「終わってからで良いから話させて欲しい」と、壇上に登っている方に断りを入れた上で登壇させて頂きました。



次に、あなた方ヘイトスピーチを許さない会の皆さんに四つ質問があります。

第一に、まずあなた方は針谷さんをレイシストと断罪し、登壇を拒否する前に、針谷さんに直接考え方などについて直接、話を伺ったのでしょうか?針谷氏は三度も福島の現地でボランティアで活動しています。

右翼=レイシストという捉え方そのものが、 非常に一面的でそれこそ差別的な捉え方なのではないでしょうか?
私は左翼なので右翼のことはよく分かりませんが、右翼といっても、無知な私が知る限りに於いてすら、かなりその思想や考え方は幅広いのではないでしょうか?


第二に、右翼の戦前からの植民地支配への責任の連続性によって反原発運動に参加する資格がないと右翼を断罪するのなら、旧共産圏において行われてき た左翼陣営による諸々の非人道的な行いについても徹底的に断罪し、自己批判し、自己検証がなされなければ、それは二重規範になります。少なくとも核汚染の諸々の問題に 対する左翼側の自己批判、自己検証が本当になされてきたのでしょうか?


第三、なぜ自分たちの正義を他者に押し付けるのでしょうか?放射能物質による汚染はイデオロギーの違いに関係無く、襲いかかって来る問題なのに、あなた方と同じ考えを共有しないと反原発運動に参加してはいけないのでしょうか? 

もし自分たちの考えに賛同できる人間だけが反原発を訴える資格があるというのなら、あなた方の考えを共有できる人たちだけでどうして運動をやれば良いだけの話なのでは無いでしょうか?自分たちの考えに賛同しない人たちがみんな間違っているというのは、イデオロギ-の問題以前に人として非常に傲慢なのではな いのかと私は思います。


第四、この動画(http://www.youtube.com/watch?v=boYumfuaEh4&feature=related)の8分30秒あたり、私が壇上から降りた直後において、誰かが「反原発を妨害するぞ」という声が聞こえます。
これはあなた方の発言ですか?もしそうであるのなら、どういう意味ないし意図なのでしょうか? これはデモ参加者に対して妨害するぞという意味なのでしょうか?

質問は以上です。

なお、このメールは私のmixiの日記とtwitterでも読めるように公開させて頂きます。あらかじめご了承ください。



ざらすとろ



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