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『撃論ムック』から取材依頼が来た(前)

先日、西村幸祐責任編集『撃論ムック』(オークラ出版)の記者から、メールにて取材依頼を受けました。
「在日外国人参政権・推進派vs反対派」というルポを書くために、「推進派」である「ヘイトスピーチに反対する会」に話を聞きたい、というのが主旨だそうです。

しかし、あいにくですが「反対する会」はこのような取材に答えるつもりはありません。
それだけではなく、このような主旨の記事を掲載しようとする『撃論ムック』なる雑誌を、公式に批判しなければならないと考えました。

順を追って説明しましょう。


1.まず、「ヘイトスピーチに反対する会」はあくまで、「行動する保守」ら下からの保守・排外主義運動と、その土壌となっている差別・排外主義や歴史修正主義とに対抗する団体です(呼びかけ参照)。
いま政治日程にのぼっている外国人参政権についても、その「推進」運動にたずさわっているわけではまったくありません。

もちろん、推進運動にたずさわっている人びとの行動やその意志は、尊重したいと思っており、また敬意もいだいています。
ですが、現行の法案にはかかわっていない立場にあるからこそ、わたしたちは次のように言わねばならないと考え、また実際そう発言しました。

「そもそも選挙権とは、それぞれが平等な政治的主体のひとりとして投票をつうじて意思表示する権利であり、上からお恵みのように与えられる特権として扱うべきではない。それは、同じ社会に暮らす人々が互いに承認しあうべき権利である。」(1.24行動呼びか
「この国では「国民」の範囲が非常に狭く閉じられているからこそ、「国民」から排除される人びとへの権利承認の問題が、「外国人」参政権というかたちで問題化しているだけです。あくまで問題は、民族的・文化的他者を政治主体として承認できるかどうかでしかありません。」(何が問題なのか4

出自や文化や民族性のちがいを問われることなく、ましてや「相互主義」などといった「上」の都合などに制限されることなく、同じ社会に暮らす人びとが、誰でもひとしく政治参加の権利を認め合わねばならない。
「外国人」参政権は実現されるべきだが、それは「この国の人には与えてもいい」とか「あの民族には与えられない」とか、あれこれ資格をつけて上から目線で与えるべきものではない。
同じ社会に暮らす者どうしとして平等な立場からたがいを認めあうという、たったひとつの基準だけがあればよく、政治システムはそれをただ制度として追認するだけでよい。

以上のような考えから、わたしたちは1月24日にカウンター行動を起こしました。
ゆえに、わたしたちは「外国人参政権賛成」ではあっても、『撃論ムック』なる雑誌の記者がそう描きだそうとしているような「推進派」ではありません。


2.それを知ってか知らずか、『撃論ムック』の記者はわたしたちにモーションをかけてきました。かれが描き出したい「推進派vs反対派」の構図にうまく乗せられると思ったのでしょう。
しかしあいにく、わたしたちは「差別・排外主義への反対派」です。
その立場から、差別・排外主義のケーススタディとして、この雑誌を批判しておきましょう。

まずは執筆者の顔ぶれから見てみます。
安倍晋三や田母神俊雄といった国家機関の最上層部から転げ落ちたタカ派、土屋敬之のような排外主義パフォーマンスだけが売りの地方議員、拉致問題を排外ナショナリズムの扇動に利用した西岡力のような「反北」保守、西尾幹二や櫻井よしこのような古参の歴史修正主義者、それから桜井誠や有門大輔のような下からの排外主義者、等々です。あと、これらすべての流れに迎合する自称「ジャーナリスト」西村幸祐のようなタイプもいますね。
過去20年ほどのあいだにこの国に登場した保守・排外主義者が、勢ぞろいです(詳細はこちら)。
かれらは威勢がいいようでいて、けっきょくは、他者を排除し内に閉ざされた、ありえない社会像を描くことしかできない人物たちです。

ただし、このような執筆陣をそろえているからこの雑誌を批判するわけではありません。
この雑誌を作ったり書いたりしている人たちは、もともとそういう言動を行っているのであって、べつに『撃論ムック』に書こうが書くまいが、わたしたちはかれらを批判するからです。
この点について最も批判すべきは、そういう雑誌を出させているオークラ出版です。
『マンガ嫌韓流』を出している晋遊舎もそうですが、『撃論ムック』のような、日本社会に寄与するとは到底考えられない排外主義的な言説を流布し、在特会のような排外主義の運動を後押ししているからです。
たとえば在特会が、朝鮮学校を襲撃し、そこに通う小中学生の子どもの心に重大な傷を負わせたことについて、現在まで、あるいは過去に在特会をもてはやし、増長させたオークラ出版、晋遊舎、日本文化チャンネル桜などは、どのように責任をとるのでしょうか。
そもそも、そういう「社会的責任」という考え方がこれらのメディアにあるのでしょうか。

在特会のような分かりやすい排外主義集団だけではなく、そういう排外主義を許容し煽りさえするような出版社・メディアをも、わたしたちは問わねばならないと考えています。
そして、『撃論ムック』や『マンガ嫌韓流』のような分かりやすい例のみならず、左派メディアにも、本質的には強権的・排斥的でしかない言論を流させているものがあります。
たとえば、佐藤優や城内実のような人物に好きなことを言わせている、週刊金曜日、岩波書店、朝日新聞社、情況出版などがそうです。

在特会のような集団は、左右問わずこうしたメディアが許容し、あるいは進んで扇動しているメッセージ、つまり「この社会では「日本人」のことだけが配慮されるべきであって、「他者」のことは気にしなくていいし、気にしていてはいけないのだ」というメッセージを、とことん真に受けているに過ぎません

後編へ)


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