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【何が問題なのか】 2. 「似たもの同士のあらそい」というにぶい感性

当ブログに寄せられたコメントのなかで、在特会シンパの攻撃の次に多かったのが「左翼も右翼も似たもの同士だ」という批判でした。こういう見方をするひとの感性の、なんと貧しいことでしょう。もちろん、わたしたちの主張や論理そのものにたいして説得力ある批判がなされるなら、それを引き受ける用意があります。

しかしこうした、「右でも左でもない中立性」をことさらに強調して、差別と反差別を「どっちもどっち」にしようとする捉え方にたいしては、感性が磨耗しているとしか言いようがありません。
たとえば、

>逆に騒がれることで在日の方たちにたいする目が、変わってしまうのではないでしょうか?
>ああいった人たちは幼稚な人たちですから、シカトしてあげればいいんです。
>社会を敵に回したところで彼らの利益になるのでしょうか?
>もっと言えば目立ちたいだけにも見えてしまうのですが・・・。

まず、目立ち「たい」かどうかは別として、排外主義、ヘイトスピーチがなされている目の前でそれに反対しなければならないと考えたからこそ、1.24のような行動を組みました。そのうえで、こちらカウンターアクション側が騒ごうが騒ぐまいが、その前にすでに「幼稚な人たち」が「在日の方たちにたいする目」を「変える」ために「騒いで」いる、という事実があるわけです。

そもそも、仮に在特会らが騒いでいないとしても、この社会における「在日の方たちにたいする目」は、悪意あるまなざしとして根深く残っており、それはテレビやマンガなどといったさまざまな媒体をつうじて今もたれ流されています。在特会のせいでそれがより悪くなることはあっても、元々はよかった見方が悪い見方に変わってしまうという話ではありません。

そういう差別意識に反対することが、「社会を敵に回」すということなのでしょうか? そのような、安易に敵/味方という線を引こうとする考えの延長線上に、在特会のような集団があるのではないでしょうか。

>クズ(在特会)を批判する団体が同じレベルのクズになってどうする
>言論で対抗すべきだ。今回の事件は非常に恥ずかしくて情けない

たしかに在特会らの言動そのものは、嫌悪感をもよおすものでしかありません。しかし、それを「クズ」というのは違うのではないでしょうか。そもそも「反対する会」は、在特会のような集団を生み出し容認してしまうこの社会の差別意識それ自体を、うかび上がらせ批判することを目的としています。在特会らが性格的に「クズ」であるかどうかは、問題ではありません。

くわえて、「言論で対抗すべき」というか「言論」でしか対抗しちゃいけないと言うのなら、ネットであれ雑誌であれをつかって、反対声明や批判を書けばいいだけのことでしょう。たしかにわたしたちは、南口前でシュプレヒコールによって抗議するという方法を選びました。しかしそれは、別な抗議のしかたを排除するためではありません。

また、そもそもこれまで在特会らが何をしてきたかを思い起こさないわけにはいきません。これまで在特会ら「行動する保守」は、商店や学校に押しかけたり集会を妨害したりということを繰り返し、多勢であるのをいいことに他人にけがを負わせたこともあります。1.24の在特会デモ終了時の騒動についても、かれらが被害の証拠としてみずから映像をアップしていますが、それを見ても、むしろかれらが大勢で数人の抗議者をかこんで脅迫しているさまが目につくはずです。

こうした状況をかんがみることなく「どっちもどっち」と結論づけて済ますのであれば、そもそもヘイトスピーチに反対する意味などありません。

(つづく)
プロフィール

livingtogether

Author:livingtogether
Mail: livingtogether09 (@) gmail.com

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