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討論会の報告と安倍談話について


8月14日の討論会「戦後70年・日本人民は何を振り返るべきか」では、安倍首相の戦後70年談話の速報が並行して流れるなか、当会が作成した「首相談話独自案」をたたき台に、議論を交わした。


1. 登壇者・千地さんのコメントにたいして

登壇者の千地健太さん(朝鮮学校に教育保障を! オッケトンムの会)からは、いくつもの重要なコメントをいただいた。

まず、当会「談話案」第2段落の「お詫び」が、誰に宛てられているのか不明確だという、もっともの指摘があった。

当会としては、1995年の村山首相が「植民地支配」と「侵略」の被害者、とりわけ「アジア諸国の人々」へのお詫びを表明していることを、日本政府が明確にひきついだうえで、それにともなう責任を明確に引き受けるべきという認識にもとづき、この段落を起草した。そのことを表明したうえで、以下のように加筆し、不備を訂正したい。

「いま、70年の節目の年を迎え、私は日本国総理大臣として、日本を代表して、日本の植民地支配と侵略の被害者とりわけアジア諸人民にたいし、再び痛切な反省にもとづくお詫びの気もちを表すとともに...」

他にも、千地さんのコメントは多岐に渡った。たとえば、関東大震災時の朝鮮人虐殺にかんする以下のくだりは、これが「首相談話」として発される場合、政府が「民衆に責任を転嫁していること」にならないか、という点。

「関東大震災の混乱に乗じた朝鮮人への虐殺の多くは、軍人ではない市井の人々の手によるものでした」

これは次のように訂正したい。

「関東大震災の混乱に乗じた朝鮮人への虐殺は、警察や軍が当初から朝鮮人を「不逞の輩」と名指し、メディアが流言飛語を増幅するなか、市井の人々も加わり、官民一体で行われました

千地さんからの根本的な問題提起は、以下であると感じた。

戦後日本の「平和主義」が含む「ごまかし」への批判の基盤を、どこに求めるべきか? いわば「得をしてしまった」ことへの、つまり戦後の国際情勢のなか、米国の後ろ盾により戦後責任をほとんど回避したことへの、罪悪感なのか? 「アジア諸人民への加害と、日本人の戦争被害とを、トータルに捉える」試みが必要ではないか?

天皇をいただく国家体制による統治政策や戦争が、日本人民にとっても悲惨であったことは言うまでもない。しかし、そのような国家体制はいまだ清算されておらず、しかもそのことへの自覚が極めて希薄なまま、戦後体制のもとで「平和」や「繁栄」を得られたという感覚だけが、日本人民のあいだに拡がってしまっている。後者の感覚を「戦後責任」に向き合う拠りどころとするなら、千地さんの「得をしたことへの罪悪感」という指摘が当てはまるだろう。

だが、それが「ごまかし」にもとづいている以上、結局のところ「平和な戦後体制」とは、この国の支配層が情況次第でどうとでも操作しうるものでしかない。1990年代以降のなしくずしの海外派兵や有事立法から、今の安倍の「積極的平和主義」への流れが、すでにそのことを十分すぎるほど証明している。だとすれば、日本人民が偽りではない真の平和を手にするためには、平和主義を骨抜きにしようとする支配層を批判しなければならない。そしてもちろん、日本人民が普遍的な意味で平和主義者になるためには、戦争と植民地支配に責任がある帝国体制の遺制(天皇制、旧植民地出身者への人権保障の否定、等々)を改め、アジア諸人民への偽りない謝罪と賠償を果たさねばならない。このようなしかたで、平和への希求を出発点としつつ、それを徹底化していく道が、千地さんの言う「罪悪感」とは異なる道として、ありうるのではないか。


2. 全体討論の内容

その後、会場全体での討論となり、さまざまな意見が交わされた。いくつかを紹介したい。

・歴史認識や領土問題をめぐる東アジアの緊張にたいして、戦後責任のような倫理的な問題としてではなく、複雑な外交関係のなかでどう自国の益を確保していくかという、現実主義的な視点において向き合おうとする風潮が、どんどん強まっている。だが、理想を排して現実を見よ、ということでいいのか。歴史認識という問題の焦点となっているのが、たんなる客観的事実にとどまらず、まさに倫理的なことではないのか。

・国益や安全保障という前提に乗っかる風潮が、政府や保守派のみならず、リベラル派や社会運動においても、まんえんしている。「東アジアの平和と民主主義をリードする日本」という見地から、安保関連法案に反対することなど。政府というものをもっと軽快し、政府見解とは異なる立場から発言することの意義を、もっと訴えていくべきではないか。


3. 安倍談話の分析――何が問題か

討論会の最中に発表された安倍談話については、すでに当会は批判声明を公表している。だがその一方で、報道によれば、世論では好意的な反応が否定的見解を少なからず上回った。共同通信の調査(8月15日発表)では、​談話を「評価する」という回答が44.2%、「評価しない」は37.0%となっている。国外の反応については、米国政府から非常に高い評価が寄せられていることが、とりわけ目につく。

安倍談話の何が、こうした肯定的反応を引き出しているのか。それを探る一つの方法として、談話の擁護者にも批判者にも共有されている前提に注目してみたい。賛否両論に分裂したたと言われる、主要各紙の15日社説を見よう。

まず、今回の談話をもって「謝罪」を打ち止めにしようとしていること。産経がこの点をはっきり評価しているほか、読売も談話を「未来志向の外交」への転換につながるものと位置づけている。その一方で、朝日社説はもっとも批判的なトーンで書かれているものの、「謝罪を続けたくないなら」と謝罪の打ち止めという意図を受け入れたうえで、安倍がもっと潔く謝罪すべきだったと指摘しているにすぎない。

日本の「平和主義」を維持するという文言についても、異論を表明している社説は見当たらない。むしろ、たとえば全体としては談話に批判的である東京社説は、談話内の「七十年間に及ぶ平和国家としての歩み」を「これからも貫く」という一文について、「その決意に異議はない」「先人たちの先見の明と努力は今を生きる私たちの誇りだ」とコメントしている(東京15日社説)。

では安倍談話は、平和主義の維持という良い面と、戦争責任の切り縮めという悪い面とを、それぞれ別々にもっているのだろうか。決してそうではない。

1931年から45年の時期を除いて、戦前も戦後も、近代日本はもっぱら国際社会への貢献者として歩んできたと、安倍は語っている。対外的・国際的な貢献という物語のなかに、日露戦争のような地域覇権争いも、戦後の「平和主義」も収めている。その一方で、戦前体制と戦後体制の連続性、米国の諸戦争への加担や、沖縄への基地集中といったことには触れない。そのうえで、国内だけでなく、地域、世界の「平和」に貢献するという口実で、安保関連法案や改憲を推進するためのスローガン、すなわち「積極的平和主義」を、未来への道として示している。

要するに、今回の談話は、たんに戦争を美化したり、戦後責任を切り縮めたり、海外派兵をさらに展開する意図を示すだけではなく、こうしたメッセージを「国際社会の平和と利益に貢献する日本」というストーリーに包み込んでいる。それによって、日本人の自己肯定に国際主義的な装いを与えている。そして、この自己満足的な「平和主義・国際主義」を対外的に表明することを、これからは「謝罪」に代えようとしているのである。

「日本人は胸を張れ、もう過去にくよくよするな」。1990年代以降、そのようなメッセージは、おもに歴史修正主義の流れと並行して発されてきた。ところがいまや、それは政府がはばからず堂々と発信できるメッセージとなってしまっている。言い換えれば、日本人の自己満足的なナショナリズムが、もはやほとんど普通のもの、当然のものとして根づいてしまっているということだ。

そのような自己満足的ナショナリズムの弱点は、もちろん、それが虚構を基礎としていることにある。ところが、平和国家・日本という自画像に対決することはおろか、それに乗っかったうえで、個別の政策に反対したり、要求をかかげたりすることが、社会運動においても一般化してしまっている。そこが究極の問題ではないのか。

したがって、こう結論づけうる。日本人民は、虚構の「平和主義」にもとづく国民的自尊心から脱しないかぎり、現政権の歴史認識や政策とほんとうに対決することはできない。



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討論会(3月28日)の報告



討論会・ヘイトスピーチ規制論を考える 報告

集会告知
当日資料(PDF)
発言要旨(PDF)


報告を出すまでに3ヶ月以上が経過してしまったのは、集会で司会者だった私をはじめとする当会メンバーの怠惰のせいである。登壇者および参加者の皆さまにお詫び申し上げる。

ヘイトスピーチという言葉の普及は、差別問題への社会的な認知の深まりを伴っていないのではないか。社会運動の一部に見られる、ヘイト街宣のような目立つ動向に的をしぼった対決姿勢と、日本社会における人種差別や排外主義への認識には、大きな隔たりがあるのに、それが運動の場において冷静に認識されていないのではないか。こうした疑問をめぐって率直な議論をしたいという考えから、この集会をもった。この隔たり自体は、登壇者のだれも否定していなかったので、その点について大きく議論が割れることはなかった。では、どういう隔たりなのか? 登壇者の方々のコメントによって、状況が多面的に見えるようになったと感じる。各コメントの内容については、発言要旨を参照されたい。

本集会における究極的な問いは、現状において「ヘイトスピーチ規制法」なり別の反差別立法なりを推進していくべきか、法制化によらない反差別運動を展開すべきか、というものだ。これについて会場での議論は、一つの明確な答えに収斂したわけではない。立法よりも運動が、しかも差別が起こる現場での動きが重要であるということが、最大公約数的な共通認識であった。とはいえ「運動」や「現場」という語によって強調されることがらについても、登壇者ごとに違いがあった。

「のりこえねっと」事務局の川原さんは、公権力が排外主義にたいして甘いという現状をふまえ、多くの人が集まる「カウンター」行動では、現場の力関係に応じて警察の対応も変わってくるという実感を述べた。他方、本会のほくしゅは、戦後ドイツの反ファシズム政策が、根強く残るナチス支持を問題視した上からの施策として着手されたことを示し、他国の事例をそのまま日本に適用して考えることの難しさを指摘した。「YOSHIMI裁判いっしょにアクション」の永山聡子さんは、在日朝鮮人が被差別立法に当事者として関与できないことや、有権者の選択の結果として現在のひどい政治があるという点をもって、現状で立法措置がうまくいくとは楽観できないと述べ、この状況を生活の場や社会空間において変えていくための運動が必要であると強調した。「在日本朝鮮留学生同盟」の申泰革さんは、露骨なヘイト街宣には現行法でも対処できるはずと前置きしたうえで、新たな立法が日本人マジョリティの視野に限定された「差別の基準」を設けるならば、それに甘んじる被差別者と異論をとなえる被差別者との分断が起きてしまうのではないか、現にカウンターの現場でもそういう分断が起きてはいないかと問いかけた。

結局、問いが投げ返されたのは、運動そのものにたいしてである。運動が乗り越えていくべき壁はどこにあるのか。在特会、安倍政権、デモの動員数の限界だけでなく、差別する側としての日本人と被差別者との厳然たる壁の存在が、この討論会で改めて示されたと感じる。ヘイト街宣や「ネトウヨ」のような外部の敵を叩くことが、この壁を崩すことには直結していないからこそ、ヘイトスピーチ問題をめぐる認識の隔たりが生じているのである。そのことを冷静に直視すべきだろう。

国政に目をやると、民主党が起草した罰則規定なしのヘイトスピーチ規制法案が5月22日、民主と社民の共同提出のかたちで国会に提出された。しかし、安保関連法案が今国会の焦点となるなか、ヘイトスピーチ規制法案をめぐる審議はまだ進んでいない。この状況のなかで思うのは、ヘイトスピーチの法規制という「小さなとっかかり」から始めることが、はたして「有効性」という観点から見ても正しかったのかということだ。この国の醜悪なヘイトスピーチを生み出しているところの、自国が行った戦争と植民地支配をめぐる歪んだ歴史認識を正すという、まさに現政権下において一つの中心課題となりうるはずの目標の先に、その成果としてのみ、反差別立法を展望しうるのではないか。

2015年7月5日
ヘイトスピーチに反対する会 柏崎正憲


4月26日集会の報告

以下は、4月26日に当会が開いた集会酒井隆史 meets ヘイトスピーチに反対する会 ~何が運動を国民主義化するのか~」にかんする、当会の報告である。

酒井さんの講演は、1960年安保における国会周辺の抗議運動に光を当てることに、焦点を絞ったものだった。まず、酒井さんは自身の問題関心を説明するために、最近の大江健三郎の発言を例に挙げた。大江は昨今の反原発デモを、60年安保や70年安保における「学生活動家」の「ジグザグデモ」と比較して、後者が「普通の市民の参加を拒絶」しているのに対し、現在のデモは「およそ誰も指導しないし、指導されもしない」「民主主義のデモ」であると評価している。だがこのような見方は、運動史の恣意的な再構成でしかなく、街頭運動の潜在力をみずから狭めてしまうものだと、酒井さんは反論する。彼によれば、ジグザグデモの源流は、戦後の前衛的な学生運動ではなく、少なくとも戦前の大阪における労働運動まで遡りうるもので、それはむしろ祝祭性さえ有する、民衆による民衆のためのデモであったという。戦後においてもジグザグデモは、学生の占有物というわけではなく、1960年安保においても、労働者や市民の多くが自発的に採り入れた抗議形態であった。むしろ国会前のジグザグデモを非難したのは、先鋭化する運動から離反したデモ参加者ではなくて、運動の統制ができないことを苦々しく思っていた運動指導者や「議会政治を守れ」というスローガンを掲げたマスメディアであったと、酒井さんはつけ加える。彼によれば、とくに共産党は「整然とした」デモを乱す者が民主主義を壊しているとして、全学連やジグザグデモ参加者を執拗に攻撃した。だがむしろ、共産党がよしとするような運動の自主規制が浸透するにつれて、かえって警察による「街頭の自由」への統制が強まっていったという。こうしたなか、1960年の安保反対運動は、6月19日の改定安保条約の自然成立を境に沈静化していく。

現在の東京での官邸前デモや街頭抗議については、酒井さんは、事情を熟知していないのでむしろ会場から意見を聞きたいと断り、はっきりとした言明は避けた。とはいえ、近年の反原発などの街頭運動について注意深く観察している者にとっては、彼の実証的・歴史的考察が現状についてもつ意味を、読み取らずにはいられないだろう。1960年安保で共産党が代表していたような、「整然とした」デモを大衆的・民主的として持ち上げる自主規制的な眼差しが、まさに今日の街頭や官邸前デモには、深く浸透していないだろうか。そのようなムードを示す一例として、酒井さんがたとえば大江健三郎のデモ評価に批判的に言及しているのだと理解しても、本人の意図を歪めてはいないだろうと思われる。昨今の街頭運動にかんする(大江が表明したような)自己イメージが、自主規制による権力との妥協という限界について無感覚・無反省であり、だとすれば今日の運動も、この同じ限界から自由ではないのではないかという点では、酒井さんの言外のメッセージは明確であろう。

*

その後の会場討論では、まず当会が、集会の副題にも掲げている「運動の国民主義化」について問題を提起した。官邸前デモだけでなく、昨年の大久保以来の「反レイシズム」カウンター行動も参照しつつ、いくつか気になる点を挙げた。改めてまとめると、以下の三点である。

第一に、社会運動における保守や右翼との連携が「懐の深さ」や大局的・建設的な運動姿勢として歓迎される(以前からの)傾向と、酒井さんが問題にしたような街頭運動と権力・規制との妥協という問題に、関連があるのかどうか。全体としては分かりやすい保守イデオロギーを前面に出すことはなく、しかし保守的、内向きなムードがますます運動に蔓延しているように見える。そうした意味での国民主義化は、街頭運動における規制への順応という現象とも、関連しているのではないか(現に、60年安保における共産党の基本路線は反米愛国だった)。

第二に、在特会などのレイシスト運動を攻撃するために差別的言辞が使われ、それに対する異論表明が(とくにウェブ上で)逆に非難の対象になる(レイシストとの闘いへの妨害などとして)という、一部の傾向について。これは、一見すると「上からの運動統制」とは逆の事態に見えるが、しかし実際には、運動内部の討論や批判を抑え込む、強い内向きな風潮を増幅しているように感じられる。これは、権力や規制への妥協とはやや質の異なる、草の根の運動において解決しなければならない問題ではないか。

第三に、運動における民主主義というスローガンの両義性について。60年安保では、民主主義の見かけをかなぐり捨てた強行採決へのデモ参加者の憤りが強くあったし、現在の反原発や反解釈改憲、あるいは反レイシズムにも、民主的価値の擁護や奪還への思いが少なからず含まれているように見えるが、その一方で、運動を限界づけ、制限するためにも、民主主義というスローガンは機能してきた。このことをどう考えるのか。民主主義に訴えかけるだけではなく、その内実を問いなおし、拡げるために、何が必要なのか。

しかしながら、酒井さんの視点、当会の問題提起、そして会場からのコメントが、あまりうまくかみ合わないまま、散漫なうちに集会は時間切れとなってしまったように感じる。これについては、なによりまず、当会の議事進行のやり方に問題があった。その点は反省し、今後の課題としたい。他方、欲を言えば、現状についても酒井さんから独自の分析やコメントを述べていただきたかった。たとえば運動の「国民主義化」という当会の提起した論点に対しては、「国民主義」という語の選択は別として、問題としていることがらのいくつかには大筋で賛成である旨、酒井さんは述べただけであった。また現状にかんする会場からのコメントについても、今日の運動の様相という観点からは、酒井さんはほとんど応答していなかったように記憶する。われわれの議事進行がうまくなかったせいでもあるが、誰の側に立つのかという立場表明ではなく、酒井さんの独自の情勢分析やコメントを、少しでもお聞かせいただければ、議論もより活発になっただろうと思う。

*

最後に、集会後、当会の内部議論で出された見解を、いくつか挙げたい。

第一に、日常の差別と公的な差別・排外主義との関連について。この論点は、質疑応答における酒井さんのコメントを受けている。ある居酒屋での懇親の席で、彼の学生が悪ぶれもせず唐突にヘイト発言をおこない、どう対応すべきか困ったという例をあげ、日常レベルでの排外感情の蔓延に対する取り組みが必要ではないかと示唆した。それはもちろんそうなのだが、その取り組みとは具体的にどのように行われるのか。「ひとりひとりが注意す」というありきたりな精神論のほかに、具体的な指針はあるだろうか。また、日常レベルの取り組みと、社会運動とは、いかなる接点をもつだろうか。たしかに差別という現象は、日常関係、文化やイデオロギー、そして制度という、さまざまな分野にまたがっているのだが、そのどれかを他の分野を条件づける基礎として見るよりは、それぞれの分野においてなされるべき取り組みのかたちを区別したうえで、相互に関連づけていくような議論のやり方のほうが生産的ではないか。こうした意見が会内で出た。

第二に、いまの日本の運動状況を踏まえて、どのような議論と活動の方向を定めていくべきかについて。酒井さんが問題にした権力・規制への順応と、当会が問題にした国民主義化は、つぎの点において並行する現象であると、さしあたり言えるかもしれない。つまり、動員数や「整然とした」デモを至上目的とする一方で、運動内部における相互批判や自己検討を忌避し、差別の問題についても過激なレイシストの土壌である制度的・社会的な価値観を問題にしない風潮において。そうだとすれば、運動を内部から自己変革しようとする力が、圧倒的に弱いということが、克服すべき問題と言える。そのような力は、どのようにして育てていくことができ、また逆に何によって弱められていくのか、ということを問い返しながら、活動を展望し、推進していく必要があるだろう。当会はまだ、具体的な展望を見定めるには至っておらず、それは今後の課題である。ともあれ、そのような課題を強く意識するようになった点において、当会としては、酒井さんをお招きして集会をもった意義を、さしあたり確認することとしたい。


「東京大行進」運営スタッフ、「しばき隊・男組」による暴行排除

差別撤廃東京大行進は、3000名の参加で「大成功」とのことです。
しかし、この集会¬・デモが「しばき隊・男組」を名乗る運営スタッフの暴力により支えられていたことは記録しなければなりません。
集会の開催時刻の前、会場の外で、私たちは集会運営スタッフ¬の了解のもと、用意していた「集会宣言案」を参加者に手渡しながらメガホンを用いた宣¬伝活動をしていました。
ところが男組を名乗る運営スタッフがこれを襲撃し妨害したので-す。その一部始終をここに公開し、みなさまの議論に委ねたいと思います。

www.youtube.com/watch

「人種差別を日本からなくす! どうすれば?」学習会報告

9月16日に「人種差別を日本からなくす! どうすれば?」学習会を開催しました。午前中から昼にかけて関東地方を台風が通過し、天候面で心配がありましたが無事開催することができました。予想を超える約60名の参加者がありました。


・人種差別撤廃条約と差別禁止法の是非について――部落解放運動史の経験から(友常勉さん)

まず、講師としてお招きした友常勉さん(東京外国語大学)に、部落解放運動が行政闘争や部落解放基本法制定要求運動へと進んでいく中で、どのような経験があったのか、また、部落問題を手がかりに人種差別撤廃条約における「世系」規定をめぐる攻防や、日本政府の個人通報制度拒否の根拠、2001年ダーバン会議での人種差別と植民地主義をめぐる対立などについて、お話をしてもらいました。部落解放運動において、権利の獲得や地域での関係づくりなどにおいて、さまざまな成果があった一方で、「同和対策」としての行政闘争を展開した際に、同じ地区に住む在日朝鮮人たちが獲得成果から除外されたこと。恒久的な部落解放基本法の制定を目標とするも、過去における個別の権利闘争の成果を十分に反映できず、また官僚による権利内容の抽象化にも対抗できず、法案の成立を見ていないこと。そうした事例を紹介しながら、これまでの運動における成果と限界について、バランスシートを描いていただきました。現在の運動における課題にも直接につながるものと感じました。

また日本政府の態度としては、最近では、人種差別撤廃委員会の2010年最終見解で、部落・アイヌ・沖縄・在日朝鮮人・難民が差別対象となっているとされたことに対しても、日本は見解を受け入れず、差別が存在しないか、現行の法制や政策で問題は解決されていると主張していることが確認されました。

人種差別撤廃条約の具体的反映のかたちとしては、法的な禁止や処罰の制定を重視する方向(条約第4条派)だけではなく、マイノリティの権利保障の拡大をつうじて実質的な差別を解消していく方向(第5条派)もあることが強調されました。法的禁止を設けていない条約締結国、たとえばアメリカなども、権利保障の拡大(アファーマティヴ・アクション)の方面では具体的な法や政策が導入されており、なにもしていない日本とは比較にならないことが分かりました。国際機関への個人通報制度については、これを日本が拒否する理由として、憲法において公民権、請願権、国家賠償請求権がいずれも「国民」に限定されてしまっている、という問題点が指摘されました。


・討論

その後の討論では、沖縄の反基地運動、アイヌの権利獲得運動、在日朝鮮人、入管問題、難民問題、学歴差別など、様々な立場・関心からの発言がありました。時間の制約があり、個々の発言について議論を深めていくことはできませんでしたが、例えば「人種差別撤廃条約の誠実な履行」と言ったときのその内実について、重要な示唆を得られたのではないでしょうか。


・People's Front of Anti Racism の「差別撤廃東京大行進」について

9/22の「差別撤廃東京大行進」の運営の方々からも、発言がありました。講師の友常さんへの質問の他、私たちヘイトスピーチに反対する会が参加表明をしている点についても質問がありました。しかしそもそも、私たちは会として、この行進で掲げられている、日本政府による人種差別撤廃条約の「誠実な履行」という要求に賛同を表明しています。それ以外に、なにか特別な参加条件があるとは聞いていないので(反差別運動でそのような条件がつくとしたらナンセンスですが)、当日参加の予定に変更はありません。

他方、「大行進」運営側からは、「大行進」の後日、人種差別撤廃条約の実現を要求するために、政府への申し入れを行うとの発言がありました。せっかく参加されたのですから、今回の学習会を機に、より具体性のある提言・申し入れ文を検討されることを期待しています。

今回の「大行進」は、新大久保カウンターの延長線上に位置づけられ、在特会への抗議から踏み込んで「差別撤廃」を要求として掲げています。そこで、「どんな差別を撤廃するの?」という疑問が自然と浮かんできますが、そのような中身にかんする議論は、圧倒的に不足しているように見えます。さまざまな方面から賛同人が名を連ねていますが、その一部が日ごろ主張していることと、人種差別撤廃条約の「誠実な履行」との整合についても、関心を禁じえません。一例を挙げれば、人種差別的な法理念や社会通念に下支えされた日本の入管行政を積極的に是認する人物が、賛同人のなかに含まれています。このことは、人種差別撤廃条約の「誠実な履行」を要求すべき対象に、日本の入管行政は含まれていないということを、物語っているように見えます。日本の閣僚や官僚が、国連からの勧告を無視し、人権保障立法を骨抜きにしようとしていることは、今回の学習会でも指摘された事実ですが、こうした日本政府の態度をあえて容認するような「差別撤廃大行進」が、22日には行われるのでしょうか。在特会に憤る人々の意志を代表すると称する運動によって、日本の差別的な法や政策が明に暗に容認されることになるのでしょうか。もしそうであるとしたら、私たちは非常に大きな危惧を覚えます。そのような結果に陥らないために、人種差別撤廃の要求がこの国において何を意味するのかを考えなおすことが、今回の学習会の目的でありました。

私たちはこの「大行進」が、一部のレイシストを異物として排除するための場ではなく、日本国民の名のもとに作り出されている差別と抑圧を直視し、克服しようと訴えかける、多様な声へと開かれた場になることを願っています。そのような声のひとつとして、私たちもまた、自分自身の言葉をもって参加します。




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